スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ氏のご冥福をお祈りいたします。


facebookにもアップする予定の文だけど、こちらのほうにこそ掲載しておきたいと思い、記載します。

まだ、なんだかふわふわしている。
ツイッターのタイムラインを見ていて、クラシック好きの方が上げていたツイートが目に入った。「最後に見たスクロヴァチェフスキ氏」という写真だった。
あ、まさか。と思ったし、やはり、とも思った。
スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ氏が、2/21に亡くなられたというニュースを見た。
生存されている指揮者の中で、一番好きな方だった。もう「生存されていた」になるけど。
初めて見たのは、N響アワーだった。もう何年前になるだろう。
5月のGW。友達と焼肉を食べに行く予定だったのに、胃腸風邪にかかって参加を取りやめて、家で腹痛で「殺さば殺せ」状態で、ごろんごろんしていた。
トイレに行くのに、1階に降りたら父がたまたまN響アワーをみていた。演目はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」。父は、クラシックが好きだから(どちらかというと有名どころが)、聞いていたんだと思う。
お腹痛いのに、なんでか知らないけど、テレビにくぎ付けになった。
そのまま、トイレに行くのも忘れていたし、その演目の間、腹痛を忘れていた。その頃、「運命」なんかパロられ過ぎて、大嫌いだったのに。
その時に、その指揮者の名前を知る。スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ。もう既にかなり「おじいちゃん」だった。
なんで、その演奏だけ釘付けになったのか、私は音楽は好きだけど、専門的にうまく説明できない。
けど、他の演奏では聞こえないようなフレーズが聞こえた。すごく繊細な仕上がりだったんだと思う。
それからその指揮者がとっても気になって、最初はベートーヴェンを聞いた。そして、得意なのがブルックナーだと聞いて、ブルックナーを聞いた。ブルックナーという方、そこで初めて知ったぐらいだった。
とにかく、夢中になった。
スクロヴァチェフスキのブルックナーを聞くと、天上からそそぐ光を仰ぐような気持ちになった。
ザールブリュッケンを率いて、東京で、一週間かけてベートーヴェンの交響曲全曲やるって知ったときは、本気で仕事辞めて行こうかと思った。
兵庫で6番5番をしてくれると知り、あとは東京での最終日の8番9番を聞きに行くことでなんとか自分の中で折り合いをつけた。
初めて行った演奏会の時、手紙を書いた。日本語と英語。日本語は、毛筆で書いた。直接は渡せなかったので、担当者の方に渡したら、丁寧にエアメールで直筆の返事を頂けた。ものすごく嬉しかった。
読売日本交響楽団の常任指揮者になってからは、行けそうな演目は東京まで聞きに行った。大阪にちょくちょくきてくださったりもした。
常任指揮者として最後のブルックナーの第8番。未だに覚えている。
ブルックナーを聞いた帰りに立ち寄った京都の三十三間堂で、唐突に頭の中にその響きが蘇ったことがある。そんな体験は初めてだった。もうそのまま衝動に任せて泣くしかなかった。
最後に生で聞きに行ったのは「2011年」に大阪に来られたときか……。ブルックナーの第4番だった。
あとは、テレビ放映は必ずチェックして、年を重ねられても、座らずに指揮をされているお元気な姿に、いつかまた行けると思ってた。けど、「いつか」は来ない気もしていた。どこかで、ブルックナーの8番で自分の中に区切りをつけていたような気もする。
ホルンを吹きたくなくなって、もう止めようと思ったときには、スクロヴァチェフスキ氏の言葉がいつも浮かんでいた。
生きにくい世の中でも好奇心と探究心を持ち続けることが大事ということを、音楽で教えてくれた人だ。
本当に大好きだった。
間違いなく、私のクラシック曲好きは、スクロヴァチェフスキ氏が下さったものだ。
心から感謝したい。
ご冥福をお祈りいたします。

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